ベルリン【ブランデンブルク門】
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「ベルリンの観光スポット」で何を思い浮かべますか?

恥ずかしながらベルリンに来る前の僕は、ベルリンの壁しか知りませんでした...。

 

でも来てみると観光スポットって結構あるんですよね。
しかもベルリンと言えばベルリンの壁ではなく、【ブランデンブルク門】が定番の観光スポットなんだとか。

 

ということで行ってきました。
行ったついでに「ブランデンブルク門とは一体なんなのか?」について調べたので、簡単に解説します。

ブランデンブルク門観光の記録

 

ドイツ・ベルリンで撮った写真は以下にまとめてますので、よければ見てみてください。

ブランデンブルク門について解説

ブランデンブルク門の概要

1791年に建造されたベルリンのシンボルとされている門。
高さ26メートル、幅65.5メートル、奥行き11メートル。

アテネのアクロポリス神殿のプロピュライアの門を手本にして造られた砂岩でできた門です。
工事期間は3年間。

門の上にはクアドリガ(四頭馬車)と女神ヴィクトリア像が乗せられています。

 

【場所】

ブランデンブルク門は何のために建てられたの?

ブランデンブルク門は、ハンブルク門、シレジア門、ポツダム門など、ベルリンに18か所存在した関税門のひとつでした。

1868年以降、税関と門の取り壊しが進んでいく中、ブランデンブルク門は残されたようです。

ブランデンブルク門の歴史

ベルリンはブランデンブルク門完成直後にフランスに征服されます。
この時、ナポレオン・ボナパルト皇帝のパレードの場所になったようです。

 

門の上に飾られている女神ヴィクトリア像は、戦利品としてフランス・パリに持ち帰られて、パリで展示されていたと言われています。ヴィクトリアの持つ杖には、勝利の象徴として「鉄十字の紋章」が取り付けられました。

 

時は進み、第二次世界大戦。
ブランデンブルク門は損傷し、ほぼ廃墟になってしまったようです。

その後起こったベルリンの東西分断で、ブランデンブルク門は東ベルリン(ソ連側)の領土になり、東ベルリンによって修復されました。
この時にヴィクトリアが持つ杖は、社会主義らしく平和の象徴である「オリーブの枝」に変えられました。

 

ベルリンの壁が崩壊し、ドイツが統合されて再び「鉄十字」に戻されたそうです。

 

東西ドイツ統合のシンボルとして、ドイツユーロ硬貨の裏側にはブランデンブルク門が彫られています。

おわりに

ブランデンブルク門の周辺はこれと言って特になにも無いので、観光地だからとりあえず行くだけだと、たぶん15分も滞在すれば十分かなという場所です。

でも、今から200年以上前に建てられたものなんだなーとか、ナポレオンも来たことがあるとか、門の上にある像の杖が何回も変わってるとか、歴史を知っていると同じ15分の滞在でも見る場所や感じ方が違っておもしろいと思います。

参考までに。ではまた。

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